AUTHOR : 山本倫大 / 東京でサラリーマンをしていましたが、2013年就農しました。

最近のエントリー

過去のエントリー

2017年
1月(1)
2016年
1月(1) 2月(1) 3月(2)
5月(1) 6月(1) 8月(3)
10月(2) 11月(1)
2015年
1月(2) 2月(1) 3月(1)
4月(3) 5月(2) 6月(2)
7月(2) 9月(4) 11月(3)
12月(3)
2014年
1月(5) 2月(4) 3月(4)
4月(3) 5月(3) 6月(3)
7月(2) 8月(1) 9月(2)
10月(4) 11月(2) 12月(1)
2013年
2月(5) 3月(3) 4月(1)
5月(2) 6月(3) 7月(2)
9月(5) 10月(2) 11月(1)
12月(5)

タグ

昨日はお米の栽培状況についてダイジェストでお届けしました。
今日はイチゴやトマトについて書こうと思います。


イチゴ


6月上旬、土を詰めておいたポットに親株から出たランナーをピンでとめます。



7月上旬、すべてのポットにランナーをつけ終えて、次第に葉が茂ってきました。葉が茂るということは、根も伸びています。今までは親株から栄養を受け取っていたランナーの先端が、自らの根で徐々に自活できるようになっています。


8月上旬、親株とランナーでつながっていた苗を切り離し、余分なランナーを取り除きます。日光と水が均等に行き渡るように苗を等間隔に並べます。もうだいぶ苗らしくなってきました。9月上旬の定植まで水やりなどをして管理します。


一方、苗を植えるハウスの方でも土づくりを進めています。
4月に収穫が終わってから、ハウスの中のビニール類や支柱、イチゴの株などをすべてかたづけておきました。6月下旬には次期作のための土づくりを始めます。一度トラクターで耕しておおまかに整地した後、萱ロールを運び込んでひろげます。


萱をトラクターで耕し鋤き込んだら、ビニールをかぶせ、中に水をたっぷり入れます。ハウスを閉め切って1ヶ月半くらい放置して、土の温度を上げます。


げんもお手伝いです。

その後、8月中旬、ハウスを全開にして土にかぶせたビニールもすべてはぎ取ります。
これから8月後半の間に定植のための整地などの作業を進めます。



トマト


6月下旬、トマトはまだ腰の高さくらいです。


8月上旬、身の丈程に伸びてかなり茂ってきました。


今では、完全に人の背丈を超えて大きく育っています。
これから11月くらいまで収穫が続きます。



だいぶ前ですが、6月14日にじゃがいも堀りをしました。今年も豊作です。


夏の大観峰からの眺めは草原と水田の緑が美しく、絶景です。


お盆前に、大観峰の茶店のまわりの草切りも地区のみんなで済ませました。


猫たちは夏の暑さにも負けず、外で元気に遊んでいます。 あついから外に出るの止めとけばと言っても聞きません。ハァンハァンと鳴いて外に出してくれと要求してきます。
野良猫に背中を襲われて手術して以来、外に出ないようにしていたクロも日中は外に出て遊ぶようになりました。姿は見えなくても、ちゃんと呼べば戻ってきます。



お盆は過ぎましたが、まだまだ厳しい暑さが続きます。毎日たくさん汗をかいてびしょびしょになりながらトマトの収穫と手入れ、イチゴの苗の準備と土づくりなどを進めています。
6月頭に鴨放鳥の様子をお伝えして以来田んぼの状況をブログに書いていませんでしたので、これまでの田んぼの様子をダイジェストでご紹介します。

鴨の様子


6月12日
放鳥して1週間程経ちました。もうだいぶ田んぼの環境に慣れて、全面を自在に泳ぎ回ります。



6月20日
稲がだいぶ伸びて鴨が隠れるようになってきました。鴨も大きくなってきて、体の色もヒナの黄色から成体の白色に変化してきます。


7月9日
肉付きが良くなり、まるまると太ってきました。いつも鴨がたむろするところは稲が踏み倒されて 合鴨ホール が出来ています。



7月頭に、野犬か狐によって鴨が大量に殺されてしまいました。2日間で合わせて約40羽程の鴨が死んでしまいました。
朝、いつものように田んぼを見回り鴨の様子を見ると、田んぼの中に点々と白く鴨の姿が見えます。はじめは、いつも通り異常ないなと思うのですが、よく見ると動きが無いので、慌てて近づいてみると鴨はすべて死んでいるという状況で事態を把握します。田んぼに入って鴨の死骸を回収するときには、夜通し野犬に追われて惨い死に方をした鴨にごめんねと謝りながら回収しました。害獣から守れず申し訳ないという思いで一杯で、辛い気持になります。
例年通り、腰くらいの高さのネットと電線で田んぼ全体を囲って電流を常時流しているのですが、あらためて田んぼを見回ってもそんなに防御が甘い箇所はなく、どうやって侵入したのかいまいちわかりません。


被害にあったあとは、田んぼを囲むネットを若干補強し、鴨が夜に休む小屋の周りにセンサーライトを取り付けてみました。
動物の体温を感知してライトが光るアイテムです。


幸い、これ以降は被害はなく、7月23日田んぼの草取りの仕事の任期満了によって、鴨を田んぼから引き揚げました。


ヒナのときには同じ小屋で過ごしていたのですが、田んぼに放鳥するときに分かれていた鴨たちが再び合流して同じ囲いの中で過ごします。 このまま10月頭まで約2ヶ月間飼育します。



稲の様子


7月9日
鴨を放鳥してから約1ヶ月の間、人も田んぼに入って草取りをします。稲がだいぶ茂ってきました。


7月19日
田植以来田んぼには欠かさず水を溜めていましたが、すべての水を抜いてひびが入るくらいまで地面を乾かす「中干し」という工程に入ります。 数日干したらまた水を入れます。


8月2日
もうすぐ穂が出る頃です。


8月7日
穂が出始め、花が咲きます。



最近はだんだん穂が黄色みがかってきました。今はまだ実が入っていないので穂が軽く垂直に立っていますが、これから実が充実してくるにつれ次第に穂が重くなり頭を垂れるようになります。今のところ順調に育っているので、あとは台風などで倒れないよう祈ります。



地割れの様子


以前、4月の熊本地震の直後の田んぼの地割れの様子はこのブログでもご紹介しましたが、本震から数ヶ月後の余震の積み重ねの影響で田んぼに新たな亀裂が発生していました。
どうも田んぼに水が溜まりづらいと思い、7月下旬田んぼの周りをぐるっと見回りしていたら10メートル程に渡って田んぼの畦際に地割れが出来ていました。



深さ50cm程の大きな亀裂(穴)ができて、そこから水がどんどん抜け落ちていました。


もともと田んぼの地表より高かったコンクリート畦が沈下し、田んぼの地表面より下になってしまいました。


土を運んできて亀裂を埋めて、なんとか応急処置をしたのでひとまずはお米づくりに影響ありません。
このまま状況が悪化せず収穫を迎えられるよう祈ります。

おんだ祭り

6月には、これでもかというくらい毎日大雨が続きましたが、7月は毎日暑い晴れの日が続いています。

7月28日に阿蘇神社の例大祭「御田植新幸式」通称”おんだ祭り”が実施されました。

『おんだ』と呼ばれるこの祭りは、阿蘇大明神が阿蘇開拓と農耕の道をひろめた神徳をたたえ、年々の豊作を祈るもので、藩政時代には細川侯の名代が参向する唯一の祭りでした。明治以降も阿蘇神社の例祭とされ、年に一度御仮屋に大規模な神幸をされる重要な祭り。神幸式にはお伴として、神々の昼飯持ちである白衣の宇奈利(うなり)、獅子、田楽、早乙女、四基の神輿、田植人形などが、古式ゆかしく神幸門から出立、阿蘇の青田を巡り、途中ではおんだ歌がうたわれ、還御門に戻ってきます。 青々とした、阿蘇の田園の中をゆったりと進む神幸絵巻は、盛夏の阿蘇谷にいにしえの古式ゆかしい絵巻を見るような感激を与えてくれます。

出典: 阿蘇市ホームページより

この神幸行列の中の獅子は、毎年阿蘇市の各地区持ち回りで人員を出して担当しているそうで、今年は私たちの地区の番でした。 地区から20〜40歳くらいの若い男が20名くらい参加し、僕も獅子として神幸行列に参加してきました。 今までこの神幸行列を見たことはほとんど無く、初めて経験する事が多くて新鮮でした。

こちらは神様の食事を運ぶ宇奈利(うなり)さんです。
全員女性です。目元以外はすべて白布で覆い隠した揃いの装束が神秘的です。
おんだ祭の事がテレビや雑誌などに載るときにはほとんど必ずこの宇奈利さんの写真が使われる、おんだ祭りの顔と言っても良い役どころです。
道中たくさんのカメラマンがいますが、その一番のお目当てが宇奈利さんです。


そしてこちらが僕たちが担当した獅子です。
雄雌2つの獅子頭と、その獅子を追う団扇の役をメンバーで交代しながら取り組みます。
獅子頭が50メートルくらい走って、その後から団扇も追いかけるという見せ場もたまにあります。
順番的には宇奈利さんの後を歩くので、あまり宇奈利さんに近づきすぎると沿道のカメラマンから邪魔だから距離を開けろというクレームがつきます。あまりカメラマンには人気のない役です。


他にも神官や、神輿など、いろいろな役が後に続きます。
神輿はかなり重そうで、担ぎ手の人は、試合後の野球のピッチャーくらいに肩が膨らむ程の肩当てをしていました。



一般の観衆が、神輿に稲の苗を投げつけるのが特徴です。
詳しい事はわかりませんが、苗が落ちずに神輿に引っかかると良いそうです。


道にはたくさんの住人の方が出てきてくれました。家の前で冷たい麦茶をふるまってくださる方もいて、本当に助かりました。
獅子頭で沿道の子供たちの頭を噛んだりしました。 ほとんどの子は親の腕に抱かれたままおとなしく噛み付かれていましたが、中には激しく泣く子もいました。 そして1人だけ逃げ足のはやい子がいて、その子はだいぶ走って追いかけたのですが噛み付けませんでした。

行列は昼前に神社を出発して町中を練り歩いたあと、5時過ぎに帰ってきます。


まだ、地震で倒壊した楼門や拝殿が痛々しい阿蘇神社ですが、こうして例大祭は賑やかに行われました。
沿道の人が神幸行列を眺めるとき、しばし地震の事は忘れて心から楽しんで見物しているのがよくわかりました。
地震直後に神社の楼門が壊れたときは、何とも言えないこの世の終わりのような絶望感や喪失感がありましたが、こうしてお祭りが賑やかに続いているということに希望を感じました。




最近の猫たち
家の外で背中をけがして以来クロはずっと外に出さず家で暮らしていますが、晴れた日などは人の目が届く範囲で庭に出してあげます。 写真は、草むらでくつろぐげんとクロです。どこにいるかわかりますか?